「小磐梯」

「洪水」(井上靖著)には、5篇の短篇が含まれている。

雑誌「新潮」昭和36年1月号で発表された短篇が「小磐梯」だ。

磐梯山が大噴火した1888年(明治21年)7月15日の2日前から、主人公が測量の旅に裏磐梯へ赴く様子を小説として書いた。

会津磐梯山噴火前夜の様子を描写し、130年前にどんなことが起こったのかを、我々に想起させてくれる。

googleマップより(一部編集)

主人公は、地図の左側「喜多方」から山を越え「桧原」に入った。

地図右上に「檜原」と書かれているが、当時の桧原は、現在の桧原湖の下に眠っていて、詳しい場所はわからない。

桧原で一泊したのち、「細野」を経て「大澤」へと歩く。

大澤も、桧原湖湖底に沈む場所で、現在の「雄子沢」に近い場所のようだ。

主人公は7月15日朝、大澤の近くで、それまで景色に見えていた「小磐梯」が”ブン抜ける”姿を目にする。

山が吹っ飛び、山の高さの2倍以上の高さに噴煙が上がり大泥流が流れ、必死に高台に走り難を逃れた。

間近にいた人々の消息はなく、恐ろしくて噴火後に出来上がった美しい湖を訪れることは一生ないだろうと、最後の文章を閉じている。

途中の情景描写や、山奥で暮らしている人々の描写は、読者の瞼に絵が浮かぶような素晴らしい文章で、読者を魅了する。

井上靖は、中国の奥地までも自分の足で取材し、文章を書いた小説家として知られる。

作品の発表された昭和30年代の裏磐梯の人々は、明治21年の頃どんなだったか?をよく考えたのだろうけれど、私には、まるで明治の暮らしを見ているように感じられ、自然に心に響いてきた。

前回の書評「乳と蜜の流るゝ郷」では、私の本籍地「北塩原村桧原」のおとなり「大塩」の様子を描く小説を紹介した。

本質的な郷里ではないのだけれど、ゆかりの土地の昔を書いた小説があることは何ともうれしいものだ。