十津川警部 会津 友の墓標
店主、西村京太郎のミステリーを、ついつい読んでしまいました。
「十津川警部 会津 友の墓標」(西村京太郎著 2008年 双葉社)
西村京太郎と言えば、鉄道ミステリーを思い浮かべる方が多いのでないだろうか。
しかしこの作品は、鉄道の描写はほとんどなく、登場人物による「小説」や「手記」により真相が明かされていく異色の描写をしています。
しかも、冒頭で起こる殺人事件の種明かしもない。
推理小説のなかの「小説」や「手記」を、読者が登場人物の考えを探りながら読み進めていきます。
表題に「会津」とあるように、会津の情景描写や歴史描写がふんだんに現れ、読者の頭に会津の風景が浮かびます。
おもしろい描写を少し引用します。
☆ ☆ ☆
「会津の人間って、あんなに頑固なのかね?」
「ならぬものはならぬというのが、会津のむかしの藩校の教えですから」
「ならぬものはならぬか」
「最後は理屈じゃなくなるんです。それで会津は、いつも損してますから」
☆ ☆ ☆
確かに。
会津人気質をよく観察し、描いておられるとついうなづく。
さらに、
☆ ☆ ☆
「会津藩の強さの秘密は、やはり『ならぬものはならぬ』という言葉に代表される精神じゃないでしょうかね?
相手のずるさや横暴さと向かい合った時、会津の人間は『ならぬものはならぬ』という精神で、相手と戦うことを選ぶんですよ。
幕末の会津戦争もそうでした」
☆ ☆ ☆
とも描いている。
この2つの引用文は、序盤で会津人気質を読者に伝え、間違った理解をして会津を語る人に対し、「ならぬものはならぬ」という伏線をしっかりと敷いている。
登場人物により書かれた推理小説内の「小説」は、会津人の登場人物には到底受け入れられない内容が刻まれ、会津人は『ならぬものはならぬ』と、「手記」による抵抗を試みる。
しかし、自分自身が「ならぬこと」をしたら、最後は理屈ではなく自壊してしまう危うさも併せ持つ。
このあたりを巧みな文章で、読者をひきつけ表現している。
トリックがほとんど見られないこのような推理小説は、なかなか他にない存在だ。
冬から春にかけての会津の季節描写も秀逸です。
これからの季節、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。